初めての音楽体験だった。
鮮烈なコード、飛沫を上げるシンバル、パワフルなのに澄んだ女性ボーカル、理解不可能なベースライン。
Highway Star, Speed Star / Cymbals
そのタイトルの前に、自分は跪いていた。あっという間の4分間、まさに助手席に乗せられ、ハイウェイをフルスピードで駆け抜けた後の余韻だけが残った。
それが、渋谷系という音楽ジャンルにハマったきっかけだった。
沖井礼二という、スーパー・ヒーローとの出会いだった。
"Highway Star, Speed Star"の入ったCD、"Mr. Noone Special". ストーリー的で楽しいアルバム構成も新鮮だった
その曲を初めて聴いたのは、大学4年生の秋だったと思う。
当時大学の吹奏楽サークルにいた自分は、結構な吹奏楽曲オタクだった。大学時代は誇張ではなく、何百曲と、吹奏楽のオリジナル曲やアレンジ曲ばかりを聴いてきた。だけどサークルのは3年生の冬で引退。吹奏楽から、音楽から遠ざかりつつあった。
そんなときに出会ったCymbalsの音楽が、自分の音楽的方向性を徹底的に変えてしまった。
どれくらいのインパクトかと言うと、「初めて自分で買ったボーカル入りの音楽」だったくらいだ。吹奏楽のCDはたくさん買っていたのに!
高校時代などは、イヤホンだとほぼインストしか聴けなかった(「声があると集中できない」)人間からすれば、とんでもない転換点だ。
元々、お洒落コードな音楽が好きだった。
インスト系のジャズはちょくちょく聴いていたし、吹奏楽で好きだった作曲家はP.スパークと真島俊夫。どっちもトリッキーだったり洒脱なコードが特徴だ(これ、伝わるのだろうか)。
そこに、沖井礼二という作曲家が現れた。彼の音楽はどれも、とんでもない音使いを見せつけてきた。
当時から作曲も趣味としていたのだが、”Cymbals以降”、決定的に作る曲の方向性が変わってしまった。部分転調、F(onG)、A7(♭5)。もしあのとき出会っていなければ、もっとクラシカルな曲作りに目覚めていたか、あるいは作曲に飽きてしまっていたかもしれない。
何より、吹奏楽を引退した自分にとって、新しい音楽は必要不可欠だった。誇張ではなく、世界の広さと出会い直した気分だった。
"Love You"は実質ラストアルバム 。"時間を名乗る天使"の7分間には何度も何度も浸った
だけど、Cymbalsは既に解散していた。
10年前に解散していたバンドなのだから、悔やみようもない。関西で学生生活を送りながら、他のCymbalsのCDや、他の渋谷系やその周辺の音楽を細々と聴くようになっていった(Lampと出会ったのも、大学院生のときだ)。
沖井礼二がCymbals以降も活動していると知ってからは、SCOTT GOES FORや、声優・竹達彩奈に提供した"Sinfonia! Sinfonia!"などの動画も見つけ出し、一時期よく聴いていた。
Arthur's Theme / SCOTT GOES FOR は、これからの澄んだ空気の季節にピッタリだ
去年のことだろうか。偶然にも、沖井礼二の新しいバンドの存在を知った。今度はTWEEDEESというバンドだった。
試しに一枚購入してみた。イヤホンから広がる、久しぶりの新鮮な沖井節。ああ、これだ、と脳髄が痺れた。これが自分の待っていた、いやそれ以上の音楽だ。
長い長い時を経て、沖井礼二という作曲家は次のステップの音楽を作り上げていた。今度は清浦夏実という、美しく、表情豊かで、センス溢れる相棒と共に。
傍若無人だ Bad Boy
目指せ無敵の Super Hero
―― TWEEDEES "Baby, Baby" より
自分にとってのスーパー・ヒーローは、もう帰ってきていた。
今、自分がいる、この関東の地に、未知なる可能性と共に。
はじめまして、清浦さん
本日、TWEEDEESの新譜 "DELICIOUS"がリリースされた。
先ほど、新宿のタワーレコードで購入してきた。数年前は、自分がこうして東京の街で沖井礼二のCDを買う未来なんて、想像もしていなかった。
Youtubeのクロスフェードは既にチェックしていた。最高のデキだということは、バッチリ確認済みだ。
CDをセットして、まさに今、聴き始めたところだ。
1曲目、0秒目から、既に沖井礼二の音楽世界が始まっている。ますます艶を増した清浦夏実の声が空間を豊穣に彩る。
さあ、これから、どんなDeliciousな晩餐会を開いてくれるのだろう?
我らが、スーパー・ヒーローさんは。